横浜地方裁判所小田原支部 平成9年(ワ)318号 判決 2000年8月29日
原告 A野一郎
右訴訟代理人弁護士 高橋温
右同 影山秀人
右同 山崎健一
被告 学校法人 自然学園
右代表者理事 西條隆繁
右訴訟代理人弁護士 山上芳和
右同 藤井圭子
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、五五九万八四〇〇円及び内金四六二万三四〇〇円に対する平成七年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、平成七年四月に、被告の経営する自然学園高等学校(以下「自然学園」という。)に入学したものの、同年一一月二二日に退学した原告が、自然学園の管理及び教育体制につき必要な説明がなかったこと、教育が生徒の自主性、自立性を尊重しない管理的なものであること、授業体制や寮の食事の栄養管理等が不備であること、自主退学勧告が許される限度を超えたものであることなどを理由に、被告に対し、債務不履行あるいは不法行為に基づき、損害金合計五五九万八四〇〇円、及び弁護士費用を除く内金四六二万三四〇〇円に対する退学時からの遅延損害金の支払いを求めるものである。
二 争いのない事実等(証拠の掲記のない事実は争いのない事実である。)
1 被告は、平成五年二月に設立され、少人数制、全寮制による全日制普通科高等学校である自然学園を運営している学校法人である。
原告は、平成七年四月に自然学園に入学し、同年一一月二二日に退学するまで、同校に在籍していた者である。
2 原告は、中学卒業後の進路を検討するに際し、母親の取り寄せた自然学園の学校案内パンフレット(甲二)、一九九五年度学校案内(甲三)及び生徒募集要項(甲四)などを見て自然学園への入学を考えるようになった(甲一九、原告本人)。
3 原告は、平成六年一〇月二二日、家族とともに、自然学園を見学しに行った(甲一九、乙四)。自然学園では、被告の理事である西條隆繁(以下「西條理事」という。)が、自然学園についての説明をしながら校内を案内したが、その際、自然学園が、生活指導にあたり注意事項を設定し、これに違反した生徒については、ポイントをつけ、ポイントの累積に応じて処分を行う制度をとっていること(以下「ポイント制」という。)は説明しなかった。
4 原告は、前記資料や西條理事の説明から、自然学園を受験することとし、同年一一月一六日に自然学園の推薦入試を受けて合格し、被告との間で在学契約(以下「本件契約」という。)を締結して、平成七年四月、自然学園に入学した。
本件契約に基づき、被告は、原告に対し、次のような債務(以下「本件債務」といい、個々の債務については番号で示す。)を負った。
①自主性、自立性を重視して、個々の生徒の気持ちを理解しながら生徒と一体となった指導で自立した人格を形成できる環境を提供する。
②しっかりとしたカリキュラムを組んで、各教科とも、生徒個々の習塾度に応じたきめ細かい授業を行う。
③生徒の生命身体の安全に配慮する。
5 原告は、被告に対し、入学までに、入学金三〇万円、寄付金五〇万円、施設費一〇万円、入寮費一〇万円、授業料、教育充実費、寮費、特別活動費及び父母会費(以下「授業料等」という。)の一年分一四〇万六四〇〇円並びに学校債二口分二〇万円を、入学後に委託金四万円を、それぞれ支払った(甲五ないし八)。
6 同年一一月二一日の夜、原告は、同じく自然学園の生徒であるB山春夫(以下「B山」という。)の部屋のベッドの上で、B山に対し、プロレス技をかけたところ、B山はベッドから転落し、頸椎不全損傷の傷害を負った(乙一六の一・二。以下「本件事故」という。)。なお、受傷当時の診断は、頸髄不全損傷であった(乙四〇)。
7 原告は、翌二二日、被告に対し退学届を提出して退学の意思を表明し、被告はこれを受理した(乙三七。以下「本件自主退学」という。)。
三 争点
1 ポイント制の設置及びその運用は、本件債務①の本旨に従わないものか。また、不法行為となるか。
(原告の主張)
(一) 被告は、自然学園の学校案内パンフレットや、生徒募集要項において、自然学園が、自主性、自立性を尊重したのびのびとした教育を行うとしているところ、ポイント制は、日常生活の細部にわたって生徒を管理しようとするものであり、これを設けることは、自然学園の教育方針と相容れないものである。
(二) 管理主義的なポイント制は、過度に生徒の自由を規制するものであり、また、生徒の知らない間に、弁明の機会もないままポイントをつけるため、生徒を不必要に萎縮させるものであるから、その存在自体、原告の教育を受ける権利あるいは人格権を侵害するものである。
(三) 原告は問題児とされ、特別に厳しく、些細な事柄に対しても恣意的にポイントがつけられていたものであるから、原告に対するポイント制の運用もまた、自主性、自立性を重んじる教育としては不適切であるし、原告の教育を受ける権利あるいは人格権を侵害するものである。
(被告の主張)
(一) 自然学園が自主性、自立性を重視していることは、全くの自由を意味するものではないから、校則以外のきまりを設けることと矛盾しない。自然学園は、全寮制をとっており、寮生活の円滑化のために日常生活における種々のきまりが存在すること及びその違反に対する罰則が存在することは当然である。
(二) きまりにおいて守るべきとされている行為は、日常生活における基本的ルールであり、これをして管理主義的なものということはできない。これらのルールは、注意され理由を尋ねられるまでもなく守られるべきものである。また、理由が説明されればポイントがつくことはない。
(三) 原告に対する運用が恣意的であった事実はない。
2 被告は、本件契約締結に際し、ポイント制について説明する義務があるか。
(原告の主張)
ポイント制は、生徒の日常生活の些細な部分までポイントと懲戒処分によって管理しようとするものであり、生徒の人権を侵害する恐れの強い、極めて特殊な指導方法であり、自然学園の特色であるから、被告は、本件契約締結にあたり、これを事前に説明する義務がある。
(被告の主張)
ポイント制は、教師が生徒を指導する際に不公平が生じることを回避するために設けられた、教師に対する指導基準(内規)である。ポイントの対象となる行為も基本的なものであって、特殊な指導方法でもない。したがって、被告は、本件契約締結に際し、これを説明する義務はない。
3 被告は、本件債務②について、債務の本旨に従った履行をしなかったか。
(原告の主張)
自然学園の教師は、年度途中で退職する者が多く、その際の引継ぎもされていなかったため、授業内容が重複することが多かった。また、教師数が少ないことから、特定の科目についての教師がおらず、授業は当初のカリキュラムどおりに実施されなかった。さらに、教員資格のない者が、教員資格のある者の指導もないまま授業を行っていた。
(被告の主張)
自然学園の教職員は、原告の在学中、法律上要求される数の二倍近くおり、被告は、原告に、恵まれた教育環境を提供していた。年度途中の退職者が出た際も、講師を雇い入れるなど極力授業に支障が生じないようにしていたから、引継ぎが間に合わなかったことは稀である。また、原告が主張するような、特定の科目の教師が不足していたことはないから、時間割の変更はあっても、カリキュラムには変動がなかった。
4 被告は、本件債務③について、債務の本旨に従った履行をしなかったか。
(原告の主張)
(一) 寮の食事は、栄養士でない西條理事の妻西條哲子(以下「哲子」という。)が担当していた。メニューは数種類の組み合わせの繰り返しであり、量も不足しており、日曜日の昼食は菓子パンが利用されるなど、栄養管理は不十分であった。
(二) また、食材の野菜に虫がわいていたり、賞味期限が切れたりかびが生えた食品が出されたり、弁当に蠅がたかっても放置してあったりするなど、衛生管理も不十分であった。
(被告の主張)
(一) 寮の食事のメニューは、栄養士の指導とコンピュータによるカロリー計算に基づいて作成されたものであるし、メニューもバラエティに富んでいて、栄養管理は十分であった。日曜日の昼食についてはパンを利用したこともあるが、これは生徒の希望によるものである。
(二) 自然学園では無農薬の野菜を使っていたから、カボチャの中に昆虫の幼虫がいるようなことはあったかもしれないが、それは衛生管理の不十分さを示すものではない。自然学園は山の中にあるので、蠅が飛んでいたり、食品がなかなか届かなかったりすることはありうるが、弁当に蠅が直接たかることはないから、衛生上の問題はないし、食品の賞味期限が切れていたり、かびが生えたりしていれば、申出により取り替えているから、生徒の身体の安全は害されていない。
5 本件自主退学について、被告に債務不履行あるいは不法行為が成立するか。
(原告の主張)
(一) 本件自主退学は、被告の勧告によるものであるところ、自主退学勧告に際しては、問題となっている行為の内容のほか、本人の性格、平素の行状及び反省状況、右行為の他の生徒に与える影響、自主退学勧告の措置の本人及び他の生徒に及ぼす効果、右行為を不問に付した場合の一般的影響等諸般の要素を特に慎重に考慮することが要求される。
また、自主退学勧告が生徒としての身分の喪失につながる重大な措置であり、生徒に重大な不利益を及ぼすものであることから、生徒本人に対して十分な告知聴聞の手続が保障されていなければならない。
(二) 本件事故は偶然に起こったものであり、結果も自主退学を勧告するほど重大なものではなかった。また、原告は、本件事故の結果について心から反省していたし、平素の行状においても、これまで退学が相当であるような行動はしていなかったものである。さらに、故意による事故でない以上、これを不問に付しても他の生徒に与える影響は大きいものではない。
その反面、原告は、自主退学勧告により退学を余儀なくされ、自然学園に支払った金員を、入学後半年で無駄にすることになるばかりか、学期途中で他校への転校を余儀なくされるなど、極めて重大な不利益を受けるのである。
結局、本件では、自主退学勧告は行われるべきでなかったのである。
(三) 手続面をみても、被告は、本件事故の結果について基本的な調査も行わないまま、本件事故の翌日には自主退学勧告を決定し、実際に原告に勧告している。その中で、告知聴聞の機会は全く与えられず、原告は、自主退学以外の選択の余地がない状況に追い込まれていたのであって、本件自主退学は、形式的には原告の意思による退学であっても、実質上は退学処分に等しい。
さらに、退学届提出の際も、被告は原告を慰留しておらず、原告に対する教育的配慮はなかったものである。
(四) 以上のとおり、本件自主退学勧告は、実体的にも手続的にも瑕疵があり、学校として要求される生徒の人格に配慮すべき債務の不履行があるとともに不法行為が成立する。
(被告の主張)
被告が、原告に対し、自主退学を勧告した事実はない。被告校長が、原告の父親に対し、一週間程度のうちに、原告が今後学校生活を続けることについて真摯に努力する意思があるかを考えるよう提案したところ、原告の父親は、即座に自主退学の申出をしたものである。
本件事故から本件自主退学までは、深夜を挾んで二〇時間あまりしか時間がなく、被告がその間に本件事故の事実関係を十分調査して原告の処分内容を決することは不可能であるし、被告としても、本件事故により原告が退学処分相当であるとは考えていなかった。
6 損害の発生及びその額
(原告の主張)
(一) 自然学園の実態は、事前の説明とは異なったものであるところ、原告は、このことを知っていたら、自然学園に入学することはなく、金銭を支払うこともなかったから、原告が自然学園に支払った前記第二、二5の金銭(ただし、委託金については原告の教材費等に使用された二万三〇〇〇円を控除した残金一万七〇〇〇円)の合計二六二万三四〇〇円が損害となる。
なお、原告は自然学園に約七か月間在籍していたものの、その間被告から対価的な役務の提供はなかったから、この事実により右損害金額が減殺されることはない。
(二) 原告は、自然学園に在籍していたことにより、一年間を無駄に過ごすことになったのであり、慰謝料は二〇〇万円が相当である。
(三) (一)及び(二)の合計金額四六二万三四〇〇円に相当する弁護士報酬の額は、九七万五〇〇〇円であり、これも被告の債務不履行あるいは不法行為と相当因果関係のある損害である。
(被告の主張)
(一)(1) 入学金は、将来当該学校に入学し得る確定的な地位を保有する対価であるところ、原告は現実に自然学園への入学という目的を達しているから、返還を求めることはできない。
(2) 寄付金は、自然学園の建学の理念に賛同した者から支払われるものであるところ、原告は自然学園の建学の理念に賛同し、かつ自然学園では建学の理念に基づいた教育が行われていたのであるから、返還を求めることはできない。
(3) 施設費、入寮費及び授業料等は実費であるところ、原告は、本件自主退学までの約八か月間、自然学園で生活を送っており、対価の提供を受けているから、返還を求めることができない。
(4) 委託金は、全額目的に従って費消されており、残金がない。
(二)(1) 被告は、本件契約の内容に沿った教育を実施し、本件事故の際にも、細かい教育的配慮をしたにもかかわらず、原告が自主的に退学の申出をしたのであるから、慰謝料は発生しない。
(2) また、原告が自然学園に在籍していたのは約八か月間であり、学年の途中で転学することも可能であるから、一年間を無駄にしたとして一年分の慰謝料を請求することはできない。
(三) 弁護士費用については争う。
第三当裁判所の判断
一 まず、各争点の前提となる事実について認定する。
前記第二、二の事実、《証拠省略》によれば、原告が自然学園に入学し、退学するまでの経緯は、次のとおりと認められる。
1 自然学園は、人間教育と知識教育との両立を目指し、豊かな自然の中で、少人数制、全寮制の下、自主性に富み自立した人間を育てることを建学の精神として、平成五年四月に開校された高等学校である。
平成五年五月二〇日、原告の母親は、テレビの情報番組の中で、自然学園及びそこでの生活が紹介されていたことから、自然学園の存在を知った。原告の母親は、右番組の中で、生徒たちが川の中で遊んだり、寮から学校までの道を造ったりしている映像を見て、自然学園においては、生徒が自然の中でたくましく生活し、教師と触れ合いながら学校生活を送ることができるものと考え、当時中学校二年生であった原告にこのことを伝えたが、原告は興味を示さなかった。
2 平成六年夏、原告が進路を決める時期となったが、原告は、担任の教師から、公立高校への進学が無理であると言われていたため、原告の母親は、原告を自然学園に進学させることを考え、被告に対し、自然学園の資料を請求した。被告からは、自然学園の学校案内パンフレット、一九九五年度学校案内、生徒募集要項、自然学園だより、自然学園が紹介された新聞記事、西條理事の雑誌のインタビュー記事及び自然学園のポスターなどが送られてきた。
原告の母親は、右自然学園だよりに、聖書に関する記述があったことや、右新聞や雑誌の記事に少人数の教育を行うことが記載されていたことから、自然学園の教育方針が原告にはちょうどよいと考え、原告に入学を勧めた。原告は、自然学園に興味を覚え、家族とともに自然学園を見学しに行くことにした。
なお、右パンフレット及び学校案内には、実践すべき基本事項として、
「酒を飲まない、タバコを吸わない、うそをつかない。」のほか、学校及び寮に関するきまりや心得を守るという趣旨の記載がある。また、右生徒募集要項の「応募条件」の欄には、「寮生活で要求される厳しい自律の生活と躾の訓練に耐え抜く強い意志と実行力を持っていること。」との記載があった。
3 同年一〇月一五日、自然学園は、従来から存在した生徒指導内規をもとに、他の私立高校の制度をモデルにして、ポイント制を導入した。ポイント制とは、寮の規則に違反すると、違反行為の程度に応じたポイントがつけられ、それが五ポイント以上累積すると厳重注意の上反省文を書くことになり、厳重注意が重なるとさらに重い処分が科されるが、処分を受けあるいは自宅に帰省するとポイントはゼロまで戻り、再びカウントし直されるというものである。なお、原告の入学した平成七年度の自然学園における帰省日(自然学園の方針により、寮から自宅へ帰省すると決められている一定の期間であって、授業等も行われない。)は、四月三〇日から五月六日まで、六月一〇日から同月一五日まで、九月二九日から一〇月五日まで、一〇月三一日から一一月六日まで、一二月二五日から翌年一月八日までの五回であり、そのほか、夏季休業、冬季休業、春季休業の際に帰省する機会があった。
ポイント制が導入されたのは、校則に反してたばこを吸ったり酒を飲んだりする、時間を守らない、万引きをしたり近隣住民のバイクを盗むなど、生活の基本面においてさえ生徒の生活態度が悪いといった、設立当時は予想されなかった事態に直面し、従来よりも指導を厳しくしないと、学校の規律が保てなくなったためである。また、ポイントという客観的な基準を設けることによって指導の公平を図り、厳重注意の段階でポイントがついていることを生徒に知らせることによって、処分の予測可能性を担保するという意味もあった。
4 同年一〇月二二日、原告は、両親、妹及び祖母とともに自然学園を訪れた。自然学園では、原告の母親が見た前記テレビ番組のビデオが上映された後、西條理事が、自然学園の建学の理念を説明した上、校内を案内しながら自然学園の説明を行った。西條理事の説明内容は、校則は「酒を飲まない、タバコを吸わない、うそをつかない。」の三つであること、少人数制であること、テレビがないこと、日課として朝のラジオ体操があること、食事については、栄養士がいて栄養管理をしていることなどであった。
原告の母親は、校内でエレキギターの音が聞こえ、西條理事が、これを文化祭の練習をしているのだと説明したことなどから(自然学園においては、エレキギターの持ち込みは禁止されているが、学園祭等の行事に使用するもので、学校が必要と認めた場合は持ち込むことができる。)、生徒たちがやりたいことをのびのびとやっていると感じた。原告も、西條理事の少人数制であるとの説明から、教師と生徒が密接な関係にあると感じたこと、自然学園の活発な生徒に混じれば、だらしない自分でも自立できるものと考えたこと、西條理事に対して好印象を持ったことなどから、自然学園を受験することにした。
5 同年一一月一六日、原告は自然学園の推薦入試を受験し、同月二三日、原告の合格が内定した。
右受験の際、原告及びその母親は、自然学園のアンケートに回答した。右アンケートには、自然学園に校則はないが、学校生活、寮生活は社会の一部であり、社会生活をしていくためのルールを学習してもらうことになっている旨の記載があり、決められた時間に決められたことをするなどの個々のルールについて、それが必要か、厳しすぎるかを問う項目があった。原告及びその母親は、右質問を、自然学園において学習するルールではなく一般論を尋ねたものだと解釈した上、原告が、そのうち一つの項目について「厳しすぎる」と回答したほかは、すべて「必要である」と回答した。
6 平成七年三月初めころ、自然学園から原告に対し、「入学・入寮のしおり」が送付されてきた。右しおりには細かなきまりが記載されており、三つの校則のほかに規則はないと考えていた原告及び原告の母親は、これを見て驚いたが、既に他校を受験できる時期ではなかったこと、自然学園に学費等も払い込んでいたこと、規則違反についてもその場で注意し正してくれるものと思ったことなどから、自然学園への入学をやめることはしなかった。
同年四月、原告は、被告との間で、本件契約を締結して、自然学園に入学した。
7 同月一〇日、ポイント制に変更が加えられ、新たにポイントとなる行為が増えたが、その内容(ポイントの対象となる行為及びそれに対するポイント数)は、遅くとも同月二一日には校内の掲示板に掲示された。当時のポイント制の内容は別表一のとおりであり、その後原告についたポイントは別表二のとおりである。
同年五月一二日、原告は、たばこを吸ったこと及び一緒にたばこを吸っていた先輩の名前について知らないと嘘をついていたことを理由として、無期停学処分を受けた(もっとも、右処分は、中間テストが始まったため、六月一日には解除となっている。)。
その後、原告は、同年六月二七日、同年七月七日、同月二四日、夏季休業をはさんだ同年九月二五日、帰省日をはさんだ同年一〇月二四日に、それぞれ厳重注意を受けた。
8 同年一一月二一日の夕食後、原告は、B山の部屋を訪れ、B山とふざけあっていた。午後六時五〇分ころ、原告が、B山にプロレス技をかけたところ、B山は上半身をベッドから転落させ、頭を段ボール箱にはさんで意識を失った。
B山は、その後、意識を取り戻し、人の手を借りて歩くことはできたものの、首筋に違和感があり、舌の感覚が麻痺してろれつが回らなくなっていたため、教師に対し、筆談でその経過と症状を伝え、救急車で塩川病院へ向かった。B山は、午後九時一〇分に病院に到着し、頸髄不全損傷と診断され、ろれつ障害はなくなっていたものの、そのまま入院した。病院へは哲子が同行したが、哲子はその日のうちに自然学園へ戻った。
なお、哲子が病院にいた当時のB山は、会話をすることはできるものの、床上安静が指示され、導尿が行われていた。当日は検査も行われず、正確な病状や後遺症の発生については不明の状態であった。
9 救急車を呼んだ後、西條理事は、午後八時ころ、自然学園の校長である新海博恭(以下「被告校長」という。)と生活指導主任教諭である山田剛志(以下「山田」という。)に対し、B山がろれつが回らず、意識がなくて大変な状態にある旨電話で連絡した。
哲子は、午後一〇時半ころに原告の両親宅へ電話をし、原告の母親に対し、原告が、B山の首の骨に一生障害が残る可能性もあるけがをさせたこと、B山は、導尿をされており絶対安静であることなどを伝え、自然学園へ来校するよう要請した。哲子はさらに、午後一〇時五〇分ころにB山の両親宅へ電話をし、折り返し電話をしてきたB山の母親に対し、B山が友達にプロレス技をかけられて意識を失い、意識は戻ったものの言葉をしゃべることができず、首の骨を痛めて救急車で病院に運ばれたことを伝え、自然学園へ来校するよう要請した。
10 翌二二日朝、自然学園において、西條理事、哲子、被告校長、山田及び原告の担任である川井規央(以下「川井」という。)の五人(以下「西條理事ら」という。)で緊急運営会議が開かれ、指導の限界を超えたとして原告に自主退学を求めること、それまで原告には自主的に自宅謹慎をしてもらうことなどが話し合われた。その後、臨時の職員会議も開かれ、川井と哲子から、本件事故の経過、B山は脊椎損傷の疑いがあり、後遺症が発生して寝たきりになってしまう可能性もあること、原告には自主退学してもらうことについて報告があり、これに対し異議は出なかった。
11 同日午後三時四〇分ころ、B山の母親は、自然学園に到着して、西條理事らと面談をした。B山の母親は、自然学園到着前に、B山とは面会しており、B山の様子として、言葉をしゃべることもでき、元気であった旨西條理事らに伝えた。
B山の母親との面談後、被告校長、山田、川井及び哲子は、原告の両親と面談し、原告の両親に対し、本件事故の経過を説明し、B山が絶対安静で面会謝絶である旨を伝えた。
その後、理事長室において、原告の両親は、西條理事及び哲子の同席のもとで、B山の母親と対面し、同人に対し、B山の治療費は原告の父親の負担とする旨の念書を渡した。右対面の際、B山の母親は、原告の両親に対し、B山と面会をしたところ、B山は話すことができ、元気そうであった旨伝えている。
12 その後、B山の母親以外が別室に移動し、原告も部屋に招き入れられた。そして、川井が、原告の入学以来の違反行為を読み上げ、被告校長が、原告及び原告の両親に対し、何回注意しても学校の指導に従えないのであれば、指導の限界を超えているので、学校としても退学処分を考えなければならないこと、原告には自宅謹慎してもらうことなどを伝え、用意していた退学届用紙を渡して、よく考えて一週間くらいで結論を出すよう求めた。さらに、西條理事は、退学処分がされると他校への編入はできないが自主退学であればそれが可能であることを説明した。西條理事らは、原告及びその両親に対し、「何か言うことがありますか。」と尋ねたが、同人らはそれに答えず、原告の父親が、その場で退学届用紙に署名して提出した。
二 争点1(ポイント制の設置及びその運用は、本件債務①の本旨に従わないものか。また、不法行為となるか。)について
1 自然学園が、自主性、自立性を重視して、個々の生徒の気持ちを理解しながら生徒と一体となった指導で自立した人格を形成できる環境を提供する義務(本件債務①)を負っていることは前記第二、二4のとおりである。もっとも、その債務の内容は抽象的であって、その具体的な実現方法まで決まっているわけではない。そして、本件債務①が学校教育の場における教育方針に関するものであることに鑑みると、その実現方法は、債務の本旨に従ったものである限り、自然学園の裁量にゆだねられているものであると解される。
そして、自然学園は、その学校案内パンフレットにおいて、少人数によるクラス編成を行うこと、農作業などの労作の授業を設けること、人間学の授業を設けること、体験学習を行うこと、地域との交流や国際交流を図るため対外的な活動を行うことなどを、その特徴として掲げているのであって、これを本件債務①(及び本件債務②)の実現手段として用意していたものと認められる。
さらに、自然学園は、入学希望者の応募条件としても、自然学園の教育方針への賛同や、生徒の意欲の大きさを掲げ、実際の入学者決定に際しても、学力よりも、生徒の学ぶ意欲や保護者の考え方を重視し、入学試験アンケートでも、在学中の三年間で何をするかについての目標を立てさせるような項目を設けている。また、西條理事は、特定の分野の能力は非常に高いが、他の分野の成績は悪かったノーベル賞受賞者の話を挙げ、このような才能を埋もれさせないようにすることが設立のきっかけであった旨折に触れ述べていた。
右事実からすれば、本件債務①の「自主性、自立性を重視する」とは、生徒の将来の進路や生きる道を、学校が、学業の成績だけで決めてしまうのではなく、生徒に、自分の能力と信じるところに従って自由に選択させることをいっているものと考えられる。また、「個々の生徒の気持ちを理解しながら生徒と一体となった指導で自立した人格を形成できる環境を提供する」とは、生徒が現実に右自由な選択ができるよう、少人数制による緊密な指導体制をとり、一般の学校では行われないような、既製概念にとらわれない教育課程を設けることによって、偏差値重視の教育では埋もれさせてしまうような能力を発見できるように、多様な選択肢を用意することをいうものと考えられる。
そして、原告の在籍していた平成七年度において、自然学園の生徒数は、三学年あわせて約七〇名であり(争いがない。)、西條理事による人間学の授業があり、農作業や清掃作業などの労作の授業が行われ、年間行事予定には、田植え、登山、農業体験学習、野沢菜種蒔き、稲刈り、地域の人を交えての学園祭、歩け歩け大会などの行事が組み込まれている。また、沈黙の時間として、しゃべることなく、寝ることなく、人に迷惑をかけることなく、自分のやりたいことを自分で選んで行うための時間が毎日二時間設けられている。これらのことからすれば、自然学園は、現実に、多様な教育課程を設けて生徒が様々な能力を発見する機会を与え、また、自分で自分の行動について考えることができる環境を提供しているといえ、本件債務①をその本旨に従って履行しているものと認められる。
2 自然学園の一九九五年度学校案内には、「自由な環境の中で、自分が参加し定めたきまりや心得を自律的に実践する中で、自分の頭で考え、自分の足で歩けるような、自立した人間の養成を目指しています。」との記載がある。
しかしながら、自律的に実践するというのは、実践するしないにかかわらず放任し、好きにさせておくことを意味するものではないから、右記載を、学校の側からきまりを定め、それを守らせるための強制の契機を設けたりすることは一切ないという趣旨のものと解すべきではない。学校生活あるいは寮生活は集団生活であるところ、集団生活を行う上では一定のきまりを守らせる必要があるし、社会の中で自立した人間を養成するためには基本的生活習慣を身につけさせる必要があり、現状ではこの点において不十分であるとされる者に対しては、教育の過程において、それを矯正するような手段を講ずることもできると考えられる。このように、規律を定めこれを遵守させることは、生徒の自主性、自立性を重視することと何ら矛盾するものではない。
また、前記認定のとおり、自然学園の一九九五年度学校案内や学校案内パンフレットには、「酒を飲まない、タバコを吸わない、うそをつかない。」との記載があり、西條理事は、校則はこの三つだけである旨説明しているが、右学校案内やパンフレットには、学校及び寮生活に関するきまりがあることも、右記載と並べて記載されているのであるから、西條理事の右説明だけを以て、被告が「酒を飲まない、タバコを吸わない、うそをつかない。」以外のきまりを設けない債務を負っているとすることもできない。
3 もっとも、必要以上に生徒の行動を規律し、規律したとおりの行動をとるよう監視を行い、違反行為に対しては罰則により過度の不利益を与えるなどして威嚇するなどの手段を講ずるような場合は、生徒の自主性や自立性を尊重するというよりは、生徒を管理し強制して自主性や自立心を損なうことになりかねず、本件債務①の本旨に反する結果ともなり得るものであるといわざるを得ない。
そこで、以下、右のような観点から、ポイント制が本件債務①の本旨に反するものであるかについて検討する。
(一) ポイントの対象となる行為は、別表一のとおり、遅刻や欠席、就寝時刻後に起きている、校則違反行為や不純異性交遊を疑われるような行為をする、無断で外出や外泊をする、持ち込みが禁止されているものを持ち込む、施設を汚す、不真面目な態度をとるなどの、全寮制男女共学の高等学校においては通常禁止されるべきもの、あるいは禁止されても不思議ではないと考えられる事項がほとんどであって、内容的にみて、生徒の行動を必要以上に規律しているとはいえず、その存在により生徒が萎縮し、のびのびと生活できなくなるような種類のものであるともいえない。
確かに、項目としては細かい点まで多くのものが規定されているとも感じさせられるが、自然学園においては、生活の基本面における生徒の生活態度を改めさせる必要に迫られていたことは前記認定のとおりであるところ、基本的生活習慣を養うために、日常生活において当然行うべきではないと考えられることまであえて規律事項として明文化すれば、項目が多くなり細部にわたったものになるのはやむを得ないことであって、その必要性をも考慮すれば、このことから直ちに、ポイント制が過度に生徒の自由を規制する管理主義的なものであるとまではいうことができない。
また、一般の高等学校においても、校則違反が重なれば、注意を受けたり、懲戒処分が科されたりするものであるところ、ポイントをつけ、その累積に応じて段階的に厳重注意や懲戒処分を行うというやり方は、一般の高等学校における生徒指導あるいは処分の課程を数値化しているにすぎず、生徒を特に監視し管理するためのものとも認められない。
ポイントが五ポイント累積すれば厳重注意となるが、厳重注意の内容は注意した上反省文を書かせるというものであって、反省内容を文章化することによって、違反行為を行ったことを真摯に受け止め、自省させるために行われるものである。これは、一般の高等学校でも行われている生徒指導の一方法である。厳重注意が三回重なれば校長訓告となり、保護者が出頭を求められるが、そこに至るまでに三回の厳重注意が行われること(厳重注意二回目には、ポイントのついた行為の内容が保護者に通知され、生徒本人も保護者を通じて知る機会がある。)、帰省及び処分によりポイントがゼロにリセットされることを考えれば、ポイントがつけられた結果もたらされる不利益も過度に大きなものではなく、威嚇的手段により強制的に規則を遵守させているともいえない。
したがって、ポイント制を設けることそのこと自体が、本件債務①の本旨に従った履行でないとか、もしくは不法行為に該当するものであるとは認められない。
(二) もっとも、原告の供述によれば、ポイントがつけられた際に、告知がなく、弁明の機会が与えられなかった場合があったことが認められ(もっとも《証拠省略》によれば、自然学園の教職員が、注意をした上でポイントをつけた場合もある程度存在することが認められ、また、B山の証言によれば、後の弁明によりポイントを撤回してもらうことも可能であったことが認められる。)、その結果、生徒が、ポイントがつくことを気にしながら生活することは十分に考えられる。
しかしながら、この点をもって直ちに、ポイント制が生徒を不必要に萎縮させるものということはできない。すなわち、もともと、ポイント制は、ポイントをつけることによって、規則の遵守を間接的に促すという趣旨のものであるから、ポイントがつくことを気にかける者に対してでなければ、効果を発揮しにくいものであり、生徒がポイントがつくことを気にすることは、本来予定されていることである。もちろん、それが必要以上の威嚇効果を持つ場合は、本件債務①と相容れないものとなるが、本件ではそのような場合にあたらないこと前述のとおりである。また、前記認定のとおり、ポイントの対象となる行為、及び右行為に対するポイント数は生徒に予め知らされており、ポイント累積の結果は生徒も保護者を通じて知る機会を有していたのであり、《証拠省略》によれば、現に生徒たちの間でも「今何ポイント?」などといった会話が交わされていたというのであるから、生徒は自分のポイントをある程度認識していたものと考えられるのであって、生徒が、告知や弁明の機会も与えられないまま一方的に、予期しない処分を突然受けるといったことが、通常の状況であったともいいがたい。
確かに、生徒を教育するという観点からすれば、単にポイントをつけるだけでなく、その場で注意し、今後の改善を促すというのが望ましいといえ、原告も、そのような指導を期待していたものと認められる。しかしながら、ポイント制そのものは、不意打ち的、一方的にポイントをつけることを当然の前提としているものではなく、現に、自然学園の教職員の間でも、ポイントをつける都度注意するとの申し合わせがされていたものであり、実際の運用にあたっても注意することのあったことは前記のとおりである。もっとも、右申し合わせが必ずしも徹底していたとはいえないことは既に述べたところから明らかであり、その場では注意することなく単にポイントをつけるだけで、それを後に生徒に通知することによって、生徒指導に代えるという自然学園における一部の実状については、教育的配慮を欠いたものであるとの感を否めない。しかし一方、ポイントの対象となる行為の大半は、自然学園のように全寮制男女共学の高等学校においては、基本的かつ日常的に当然に遵守されなければならない事柄に属するものであるから、これに対してその都度注意をしなければ直ちに生徒の自主性や自立性を阻害することになるということもできない。
したがって、ポイントの告知がなく、弁明の機会が与えられなかったこともあるという点は、前記判断を左右しない。
4 原告は、目をつけられていた原告については、特に厳しく、恣意的にポイントがつけられていたと主張し、①就寝時刻をわずかに過ぎていてもポイントがつけられていたこと、②他の人が行った違反についてポイントがつけられていたこと、③他の人なら見逃されるようなことについてもポイントをつけられていたこと、④正当な理由があるにもかかわらずポイントをつけられていたことなどの具体例を挙げる。
しかしながら、右具体例①及び③においては、原告が違反行為を行っていることは事実であるから、ポイントをつけられたことを不当であるとすることはできない。なお、①については、確かに、生徒指導記録には、六月二日二四時一分に消灯時間を過ぎて起きていたとの記載があるが、《証拠省略》によれば、このときは、二三時四五分が消灯時間とされていたことが認められるのであるから、実際には一六分の時間超過であって、決して厳しいポイントの付け方であるとはいえない。一〇月九日に、消灯時間を三分過ぎていてもポイントをつけられたとの主張も同様である(なお、《証拠省略》では消灯時間違反のような記載になっているが、就寝時間の延長が二四時までとされていることからすれば、右記載は、就寝時間違反の誤りではないかと考えられるところである。)。また、③についても、原告は違反行為を多数繰返している生徒として自然学園に把握されていたのであるから、教師が特に原告の行動に注意を向けるのは自然なことであって、原告に多少厳しい面があったとしても、これを恣意的にねらい打ちをした不公平なものと評価することはできない。
また、②については、七月二七日午後一〇時三〇分に部屋の電気がついていたとの記載があるが、このときは、現実に電気をつけたという同室者についてもポイントがつけられているのであるから、これを原告に対する恣意的な運用ということはできない。④については、病気等正当な理由がある場合には、実際にはポイントがつけられていなかったものである。そして、他に被告が原告に対し恣意的にポイント制を運用したとの事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告に対するポイント制の運用も、本件債務①の本旨に従った履行でないとはいえず、不法行為にあたるともいえない。
5 以上のとおり、ポイント制の設置及びその運用に関する原告の主張には理由がない。
三 争点2(被告は、本件契約締結に際し、ポイント制について説明する義務があるか。)について
右に述べたとおり、ポイント制は、基本的には一般の高等学校における校則及び校則違反に対する処分と同様の制度であって、これを全寮制男女共学の高等学校である自然学園に適応させたものである。また、自然学園は自主性、自立性を重視する教育を行うことを標榜してはいたが、ポイント制それ自体は必ずしも生徒の自主性や自立性を損なうものでないことは、右二においてみたとおりである。さらに、自然学園の学校案内パンフレット及び一九九五年度学校案内には、自然学園に在学中に実践すべき基本事項として「酒を飲まない、タバコを吸わない、うそをつかない。」ことのほか、学校及び寮に関するきまりや心得を守るという事項が記載されていたことは前記一で認定したとおりである。
そうとすれば、ポイント制は、自然学園の特性に応じて採用されたものであるとはいえ、被告に、在学契約を締結するにあたり、これを説明すべき義務があるとまではいえず、したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。
四 争点3(被告は、本件債務②について、債務の本旨に従った履行をしなかったか。)について
1 被告が、本件債務②の履行として、少人数制によるクラス編成を行っていたことや、生徒を文理コースと特進コースに分け、一年生の後半からは別々に授業を受けていたことは、原告もこれを争うものではない。また、一九九五年度学校案内には、前年度における各科目の教育課程が示され、各科目の教育方針が述べられている。したがって、しっかりとしたカリキュラムを組んで、生徒個々の習熟度に応じたきめ細かい授業を行うための体制は、一応整っていたものといえる。
2 もっとも、自然学園では、教師が定着せず、学期途中でやめてしまうことも多く、そのため、時間割が変更になったり、自習が行われたりした事実があるから(争いがない。)、教師の交代により、授業のやり方が予定と変わったり、引継ぎがうまくいかずに授業内容が重複したりして、生徒が戸惑ったことは十分考えられる。
しかしながら、時間割が変更になっても、科目単位あたりの授業時間数が変わったわけではなく(《証拠省略》によれば、五月八日以降の時間割の変更により変化したのは、特別活動及びグループ学習の授業が加わったことのみであることが認められる。)、被告が予定していたカリキュラムは、実施されていたものである。カリキュラムの中に、科目あたりの時間数のみならず、授業の具体的内容まで含まれていると考えれば、教師が交代し、予定されていた授業とは異なった形式の授業がされれば、それだけで不履行となる余地もあるが、授業の進め方には様々なものがあり、結局のところ、教えるべき内容を教えていれば、カリキュラムは実施されていたものと認めざるを得ない。
教師の絶対数が少ないことにより、特定の科目の教師が退職することによって、当該科目担当の教師が一時的にいなくなってしまうことはあるとしても、退職を予定して同一科目に複数の教師を配置しておくことは、自然学園においては、その生徒数からして、大規模校のように同一科目に複数の教師を必要としない以上、困難である。また、教師の退職は、学校がそれを拒否できるようなものでもない。したがって、教師の退職に際し、早期に教師を補充することによって右状況に対処すれば、被告としては、教育環境を整え、本件債務②の本旨に従った履行をしたものと評価せざるを得ないものである。そして、実際に教師の補充や時間割の変更が間に合わずに自習となったのは、一、二回であると認められるから、被告としては、本件債務②の本旨に従った履行をしていないとはいえない。補充された教師が非常勤の教師であることは認められるが、年度途中から常勤教師を採用することは困難であるし、非常勤教師であるから直ちに授業内容が不備であるということもできない。
3 以上のとおり、本件債務②についての原告の主張は理由がない。
五 争点4(被告は、本件債務③について、債務の本旨に従った履行をしなかったか。)について
1 自然学園の食事について、栄養士ではない哲子が責任者として監督していた事実はあるが(争いがない。)、メニュー自体は、栄養士がカロリーやタンパク質量を計算して作成したものであるから、栄養管理はきちんと行われていたものといえる。なお、このことは、栄養士が栄養管理をしているとの西條理事の説明と矛盾するものではないし、食事の責任者が哲子であることは、原告の母親が自然学園の資料を請求した際送られてきた新聞にも記事として掲載されていたものである。
原告の母は、メニューどおりの食事が出ないことがしばしばあったと証言するが、仮に右のような事実があったとしても、右メニューどおりでない食事について、栄養的に不十分であったとの事実を認める証拠はなく、直ちに栄養管理に問題があるとはいえない。献立表によれば、数種類の料理を組み合わせたメニューが一定の間隔を置いて出されており、一週間の間に同じメニューが二度出されることもあったことが認められ、原告が食事に不満を持っていたのも納得できるところがある。しかしながら、メニュー自体が数種類しかないというものではなく、バラエティに富んでいるとはいえなくとも、栄養管理という観点から問題があるほど一定の料理しか出されていないというものではない。
日曜日の昼食については、平成七年九月までは菓子パン三個に、ゆて卵、フルーツ、牛乳、チーズのうちいくつかが出ることが多かったことが認められるが、生徒の嗜好を考慮して、休日の昼食に菓子パンなどを利用することは許されるべきものであるし、それが毎食出されているわけでもないのであるから、このことをもって栄養管理が不十分であるということはできない。また、被告は、果物や卵、乳製品などを加えることによって、栄養管理に配慮していたものと認められる。
原告は、右パン食について満足できない量であったと主張するが、寮の食事においては、大勢の生徒に同じ食事を出すという特性からして、カロリーに過不足がないよう一定の量を出すことになるのはやむを得ないのであり(なお、《証拠省略》によれば、少ないときでも一日約二〇〇〇キロカロリーの、多いときは約二六〇〇キロカロリーの食事が出されており、カロリー的に不足はなかったことが認められる。)、個々人の量的な要求まで満足させることを求めることは過大な負担を強いるものである(《証拠省略》によれば、自然学園は、主食については何回おかわりをしてもよいとしていることが認められるが、パン食のときはそれも困難である。)。
2 衛生管理については、食材となる野菜に虫がついている可能性は被告も認めるところであるが、調理する前の生野菜に虫がついていた場合、当該部分を取り除いて調理すれば、通常衛生上は問題のないものである。原告は、うじ虫がわいていたと主張し、これに沿うB山の証言もあるが、同人の陳述書によれば、友人が見たと言っていたのを聞いたにすぎないと認められるから、右証言はにわかに信用できない。
また、賞味期限切れのパンが出されたことがあるとしても、それが頻繁であればともかく、一回的な事実をとらえて、これを衛生管理が不十分であることの証左とすることはできない。
昼食用の弁当に蠅がたかっていたというのも、昼食用の弁当は、被告が、蓋付きの弁当箱に入った弁当を、まとめて蓋付きの箱に入れ、生徒に渡されるまでの間食堂に保管していたものであるところ(《証拠省略》によれば、生徒は、各自弁当を受けとってから登校することが認められるから、保管時間はそれほど長いものではない。)、その箱にたかっていたというだけでは、やはり衛生管理不十分とはいえない。弁当の中にカメムシが入り込んでいたことがあるというB山の証言もあるが、それが食堂での保管の際に生じたものであることを認めるに足りる証拠もないから、右事実も、必ずしも衛生管理上の問題性を示すものではない。
3 以上のとおり、本件債務③に関する原告の主張も理由がない。
六 争点5(本件自主退学について、被告に安全配慮義務違反あるいは不法行為が成立するか。)について
1 まず、被告が自主退学勧告を行ったかについて検討する。
前記一に認定のとおり、原告の父親は、被告から、本件事故の結果B山が受けた傷害について、客観的事実よりも重い症状を告げられ、原告の自宅謹慎を申し渡され、しかも、指導の限界を超えたとして退学処分になる可能性をほのめかされながら、一週間以内に結論を出すように言われたため、退学処分と自主退学を比較衡量し、原告の今後のことを考えて自主退学を申出たものであると認められる。
確かに、被告は、直接的に自主退学を勧めているわけではないが、自然学園としては退学処分も考えていることを示した上で、退学届用紙を渡して決断を求めることは、転校に障害とならない自主退学の途を選ぶことを勧めているのと同視できるものである。したがって、被告は、自主退学勧告を行ったものと認められる。
2 自主退学勧告は、退学処分ではないものの、その結果の重大性からして、退学処分に準ずる事由の存在する状況のもとにされるべきものと考えられるから、次に、原告に、このような事情があったかについて検討する。
前記認定のとおり、本件自主退学勧告が、本件事故を理由に呼び出された原告の両親の前で行われていること、その際、被告校長が、これまでの原告の違反行為を読み上げていることからすれば、被告が、自主退学勧告の根拠としていたところは、本件事故及び違反行為の累積であると認められる(なお、生徒指導内規では、生活時程違反の累積に対して、退学処分も予定されている。)。
前記認定のとおり、原告は、入学後、四月中に五回、五月中に三回(なお、原告は、喫煙をし嘘をついたことを理由に五月一二日から六月一日まで無期停学であったため、ポイントがつくのは五月一日から一一日までの行為である。)、六月中に九回、七月中に一三回、九月中に六回、一〇月中に一四回の違反行為によりポイントをつけられており、厳重注意も三回受けている。これをみると、原告の違反回数は、厳重注意などの処分を受けているにもかかわらず、むしろ増加しているのであり、一一月中にポイントがついていないことを考慮しても、今後学校の指導に従う意思がないと判断されてもやむを得ない状態であったものである。
このような状態の中で、原告が、故意でないとはいえ、悪ふざけの上、同級生に、決して軽微とはいえないけがをさせ、当時は後遺症も疑われていたのであるから、それでもなお教育的配慮の観点から原告を自校にとどめてその立ち直りを図ることも考えられないわけではないけれども、被告が、原告の今後の行動に不安を抱き、原告に対する指導がこれ以上は無理であり、原告がこれ以上の問題行動を起こす前に退学を勧告することが相当であると判断しても、無理からぬところがあったといえる。
3 また、手続面においても、原告には、一週間の考慮期間が与えられていたのであって、被告側も、原告らが退学届用紙を持ち帰って検討することを予定していたものと認められるから、退学届提出に至る手続が性急で、原告に弁解の機会が与えられていなかったということはできない。原告は、一週間の猶予が与えられた事実はないと主張し、これに沿う証拠もあるが、自然学園が自宅謹慎処分を予定していたこと、山田のメモに「一週間以内に文書をいただく」との記載があること、原告の父親がその場で退学届用紙に署名したことに驚いたとする西條理事、証人被告校長及び同山田の一致した供述ないし証言などに照らし、採用できない。
B山の病状についても、被告の説明に客観的事実と異なるところがあったことは認められるが、原告の両親は、被告の説明後自主退学勧告の前に、B山の母親から、B山と面会したところ、話すことができ、元気そうであった旨知らされていたのであるから、この点について原告らの誤解があったとはいえない。仮に、B山の母親の言葉を鵜呑みにすることはできなかったとしても、B山の母親の説明と被告の説明とが異なることは明らかであるから、本件事故が自主退学勧告の原因であると考えている原告の両親としては、B山の病状について、被告に尋ねたり、B山を見舞ったりするなどして確認できたといえる。そして、猶予期間が一週間与えられていたことは右に述べたとおりであるから、原告の両親がその確認をする余裕がなかったということもできない。
また、原告の母親も、本件事故を起こしてしまったことに傷ついている原告の前で、これまでの違反事実を読み上げるような学校に原告を在学させておくことが決して良くはないと思って退学届を出した旨証言している。この点からしても、原告は、自らの判断で退学したものと認められ、その意に反して自主退学せざるを得ない状態に追い込まれたとは認められない。
4 以上のとおり、本件自主退学勧告が、学校として生徒の人格に対する配慮を欠くものであるとか、生徒の人格を違法に侵害するものであるとは認められない。
七 以上のとおり、原告の本訴請求は、その他の争点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園田秀樹 裁判官 山本博 達野ゆき)
<以下省略>